2011年5月17日火曜日

放射線と体

 放射線と体

武田邦彦教授 (中部大学)5月11日 ホームページより


読者の方から次の記事を送っていただきました。
「爆発翌日、確認しながら公表せず 福島県、国の拡散予測図
福島県は非常時の初期段階で放射性物質の広がりや濃度を予測する国のシステム(SPEEDI)のデータを東京電力福島第1原発1号機が水素爆発を起こした翌日の3月13日に確認したが、公表していなかった。6日の自民党県議会議員会政調会で県が明らかにした。」
本当にひどいと思います。 SPEEDIを管理しているのは、原子力安全委員会ですが、そこが公表しなかったのも問題ですし、また福島県がそれを押さえたとしたら、さらに大きな問題と思います。
というのは、このブログでも再々申し上げていますように、原子力の専門家であれば原発の事故では最初の2週間ぐらいが最も危険で、それを逃げ切ってしまえば、全体の被ばく量を10分の1ぐらいに減らす可能性があるからです。
加えて、原子力は「危険」なので、原子力基本法で「民主、自主、公開」を原則としています.
従って、この「SPEEDI事件」は「国による原子力基本法違反」ですから、法的な追求をするのに該当します.
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もう一つ、国による法律違反が進められています.
それは「校庭の表土を下の土と入れ替える」ということで、これは「汚染された表土」という「放射性廃棄物」を「土の中に無防備に入れる」ことを意味しています.
やがて、梅雨になると下に入れた土から放射性物質が「地下水」に紛れ込むでしょう.
「汚染された表土のような低レベル廃棄物」は厳重に囲った「廃棄物処理場」に格納するのが決まりで、それによって地下水の汚染を防ぎます. 文科省はこのような基本的な法律を違反するというのはどういうことでしょうか。
また、ここでも「民主、自主、公開」の原則は無視され、「土をひっくり返したら地下水が汚染される」という異議を「非民主的」に否定し、「決定の理由の公開(なぜ違反するのか)」もしていません。
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ホットスポットの地図を出しましたので、該当する所の方が大変心配しておられますが、それでも茨城県や栃木県の北部とそれほど大きく違いませんし、放射性物質の飛散は必ずホットスポットを伴いますので、それ事態は異常なことではありません.
ただ、その地域では、東京のようにあまり注意しなくていいという段階になるのが遅れるということですので、少しの間、注意をしていただきたいと思います。
できれば地域で積極的に道路を水で洗ったり、校庭の表土をとったりすれば早く放射線が減ります。
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ところで今日の主題は、「放射線と人体」という事の本質を少し考えてみたいと思います。
人間が放射線に当たるとDNAなどに損傷受けることは知られています。このことは専門家の間ではいわば常識なのですが、それを否定する先生方もおられます.
そこで、わたくしはこの2、3日、100ミリシーベルトまで大丈夫と言っている先生方の著述物をじっくりと読んでみました。
実はその先生がたは、そうそうたるメンバーで、国際的な放射線防護の委員会の委員であったり、国立の放射線防護の関係の研究の方であったり、著名な大学の先生だったりしています。
つまり、今まで「1年1ミリシーベルトという日本の法律を決めてきた人たち」が、「100ミリシーベルとでも大丈夫」と言っておられることに注目して、なにが著名な先生方が突然、法律違反を始められたのか?から考えて見たわけです。
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結論から言いますと、わたくしは著述物や発言を調べて、次のように思いました。
● 10年ぐらい前までは多くの先生方は「少量の被曝でも、量に応じてがんが増えると考えていたこと、
● その後、放射線医療やチェルノブイリの研究等を通じて、少量の被曝では、あまりがんが発生しないこと、治療で少量の被曝を試みてみると、かえってガンが少なくなることもあるなどがわかってきたこと、
● さらにデータを集めたり、国際的に議論をして、今までの基準を変える働きをしようと思っている矢先に、福島原発の事故が起こったこと、
このようなタイミングになったので、先生がたは、
「自分たちで決めた法律を、自分たちが違反する」
という奇妙な状態に陥ったようです。
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次にデータですが、先生方が実験的に得られたデータだけ見ると、低い被曝量のときには、あまり危険性がないようにも見えます。
しかし、2つの問題が残っています.
まず一つは、原理的に考えるとまだまだ不明確であるということです。
放射線というのは大変にエネルギーの強い光ですから、 DNAが放射線の攻撃にあうと、 DNA の一部に損傷が起こることはよく知られています。
たとえば、放射線よりも弱いエネルギーをもつ紫外線でも DNA の上にチミンーチミンと重なっているところは、チミンダイマーが発生し、そこが皮膚ガンの原因になることはよく知られています。
放射線はそれよりも強いので、 DNAに損傷が起こることは間違いありません。
人間は「有機化合物」という比較的、弱い材料で出来ていますし、放射線のエネルギーは有機化合物を破壊するために必要なエネルギーを遙かに超えているからです。
もし「放射線は安全だ」ということになると、皮膚科の先生が注意されている「日光浴は有害だ」というのも間違いになりますし、私が長年、研究してきた「生物類似の材料の劣化」ともまったく一致しません.
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一方、 人間は、自然からのストレスに対して抵抗力で直すことができますが、そのレベルは人間の集団が生きてきた環境に依存します.
この場合は、自然放射線が1年に1.4ミリシーベルトとですので、数ミリシーベルトまでは修復が可能と思います.
でも、たとえば100ミリシーベルトというとそれの60倍にあたります。人間の防御能力が、環境からのストレスの60倍にも耐えられるというのはかなり珍しいと言えます。
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また、「被曝するということは体内に活性酸素ができることであり、放射線によって直接 DNA 等に影響を及ぼすものではない」という考えの先生もられます。
放射線が酸素だけを攻撃して、酸素を活性化するという考えは、今までの学問とまったく異なるので、今までの理論を大幅に修正しなければなりません。
わたくしのように物理とか化学を専門としているものにとっては、放射線のようなエネルギーの強い光が来たときに、酸素だけが励起されて、その他の体を構成する分子に影響が及ばないなどということは、分子の軌道計算などから、到底、納得できないものです。
このように、これまでの学問に真っ向から反する理論というのは、それを国際的に通用させるために相当な時間が必要であるということを意味しています。
この問題は学問だけの問題ではなく、一人一人の健康に影響を及ぼしますから世界的な合意が得られるまでに、ある個人の先生のご意見だけで被曝の上限値を上げることは、人体実験になることを意味しています.
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もう一つは100ミリを主張する先生方のデータの数が少ないと思います。
根拠となっている「放射線治療を受ける人」は、患者の集団としては特殊で、満遍なく100ミリ以下の被爆をした人の健康のデータは示されていません。
また、議論の過程で疑問なのは、医師自身が「わたくしは1年に20ミリずつ被曝しているけれど大丈夫だ」とか、Aという患者は200ミリの治療を受けても、今元気になっているという個別のデータです。
もともと100ミリ以下の被爆の影響は「集団としての発症」を問題にしているのですから。個別の例を示しても反論にはなっていないからです。
これらのことを総合してみると、現在ではやはり国際放射線防護委員会が定めた。1年1ミリの基準を安全として見ることが最も適切あるという結論になります。
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ところで、学校や地方自治体で、
「1年1ミリを越える可能性のある場所でも、このくらいの放射線量なら安全だ」
という人がいるそうですが、法律で1年1ミリと決まってるものを、学校や地方自治体など法律を守らなければならない公共の機関が法律を否定するというのは、よほど考えなければなりません。
学校の独立性といい、地方の時代と言ってきました。普段、それを主張しているのなら、国が法律を破ったときに、自分たちは法律を守って子供たちを大切にするというぐらいの強い決意を示してもらいたいものです。
(平成23年5月11日 午前8時 執筆)